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東京高等裁判所 昭和48年(行ケ)51号 判決 1975年10月22日

原告

(ドイツ連邦共和国)

シーメンス・アクチエンゲゼルシャフト

右代表者

アレキサンデル・ザウツテル

ルードルフ・ザイベルト

右訴訟代理人弁理士

富村潔

被告

特許庁長官

斎藤英雄

右指定代理人

戸引正雄

外一名

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

この判決に対する上告のための附加期間を三月とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

原告訴訟代理人は「特許庁が昭和四七年九月二七日同庁昭和三九年審判第五九六九号事件についてした審決を取り消す。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、被告指定代理人は主文第一、二項同旨の判決を求めた。

第二  請求の原因

原告訴訟代理人は本訴請求の原因として、次のとおり述べた。

(特許庁における手続経緯)

一、原告は名称を「極超短波用通信伝送方式」とする発明につき、昭和三六年六月一六日ドイツ連邦共和国においてした特許出願に基づく優先権を主張して、昭和三七年六月一六日特許出願をしたが、昭和三九年八月一七日拒絶査定を受けたので、昭和三九年一一月二八日審判を請求(同庁昭和三九年審判第五九六九号事件)したところ、特許庁は昭和四七年九月二七日その審判の請求は成り立たない旨、本訴請求の趣旨掲記の審決をし、その謄本は昭和四八年一月一三日原告に送達された(なお、出訴期間として三か月を附加された。)。

(発明の要旨)

二、右発明の要旨は次のとおりである。

信号を特に中間周波位置において増幅する再生装置を介して互いに接続されている多数の伝送区分が備えられ、かつ、更に再生装置がそれぞれ信号レベルに関係してそれぞれ次の伝送区分に対する信号を補助発振器より供給された補助信号によつて補う接続装置及び補助発振器より構成される装置を備えている際、接続装置が信号レベルより間接的に跳躍方式によつて制御されている少なくとも一個の電子接続素子を有し、かつ、接続装置の接続時間が一〇〇μs以下、特に五〇μs以下になることを特徴とする極超短波用通信方式、特に指向性無線区間。

(審決の理由の要点)

三、右審決は右発明の要旨を前項のとおり認めたうえ、次のように要約される理由を示している。

昭和二九年四月二〇日日本電信電話公社電気通信研究所発行「通研月報第七巻第四号」一八一ないし一八四頁(以下、「引用例」という。)には「TY―1型 FM送受信装置」及び「TY―2型 FM送受信装置」が記載されているが、右送受信装置は主中間周波増幅器盤においてスケルチ回路(SQU)を、送信周波数変換盤において七〇Mc自動発信器(70McOSC)を各具備し、右スケルチ回路は受信入力が極度に小さくなつたとき七〇Mc自励発振器を発振させ、同時に主中間周波増幅器のカソードホロワに負偏倚をかけて雑音出力を抑制するものであると認められる。

そして、本願発明は(1)「信号を特に中間周波位置において増幅する再生装置(引用例の送受信装置)を介して互いに接続されている多数の伝送区分が備えられ」ている点及び(2)「再生装置がそれぞれ信号レベルに関係してそれぞれ次の伝送区分に対する信号を補助発振器(引用例の七〇Mc自励発振器)から供給された補助信号によつて補う接続装置及び補助発信器より構成される装置を備えている」点において引用例のものと一致し、また、(3)「接続装置が信号レベルより間接的に跳躍方式によつて制御されている少なくとも一個の電子接続素子を有し」ている点及び(4)「接続装置の接続時間が一〇〇μs以下、特に五〇μs以下になる」と規定されている点において、引用例のものと若干相違しているが、右各相違点はいずれも本願出願前、当業者が容易に発明をすることができたものである。というのは、(3)の相違点については、スケルチ回路が与えられた閾値を基準にして、連続波形の入力をステップ波形の出力に変換する機能を具有すること及び跳躍回路(例えばトンネルダイオードを利用した跳躍回路)がかような変換機能を具有することは当業者に周知であつて、スケルチ回路中に跳躍回路を組み込むことは当業者が容易になしえたことであると認められるうえ、スケルチ回路にとどまらず一般に、接続素子として電子的接続素子を利用することは当業者によく知られたところであるからであり、また、(4)の相違点についても、無線中継等におけるスルケチ動作が高速であるべきこと及びさような高速動作のため用いられるスイツチング素子、例えばトンネルダイオード等は当業者に周知であつて、スケルチ回路の高速化を企図して、右回路中に高速スイツチング素子、例えばトンネルダイオードを使用することは当業者が容易になしえたことであると認められ、これによるときは、右回路の動作速度ないし接続時間は素子そのものの速度に規定されて、結果的に一〇〇μs以下の値を満足するであろうことも明らかである。

したがつて、本願発明は特許法第二九条第二項の規定によつて特許を受けることができない。<後略>

理由

一前掲請求の原因のうち、本願発明の出願から審決の成立にいたる特許庁における手続発明の要旨及び審決の理由に関する事実は当事者間に争いがない。

二そこで、右審決に原告主張の取消事由があるかどうかを審究する。

引用例に右審決認定のような装置に関する記載があること並びに本願発明と引用例のものとは右審決認定の前掲(1)及び(2)の点において一致し、また、同認定のように、(3)接続装置が信号レベルより間接的に跳躍方式によつて制御されている少なくとも一個の電子接続素子を有している点及び(4)接続装置の接続時間が一〇〇μs以下、特に五〇μs以下になると規定されている点において相違していることは原告の自陳するところである。

しかるに、スケルチ回路が自動利得調整回路を備えた受信機において受信入力レルベが限界値以下に低下したとき、右調整回路が高利得状態となり、雑音を発生ないし増大させるので、受信入力レベルの限界値以下への低下を検出して受信機出力を断つよう工夫した回路であつて、無線中継等における動作が早く、これに要する時間が零に近いほど雑音抑制の効果が大きいことが本願出願当時において当業者間に周知であつたことは当事者間に争いがない。それならば、接続装置における補助発振器への接続時間を本願発明の引用例との前記相違点(4)のように規定すること自体は当業者にとつて容易に想到しうるところであるということができ、スケルチ回路にとどまらず一般に、接続素子として電子接続素子が利用されること、このような素子としてスイツチング速度の早いトンネルダイオード等があること及びスケルチ回路が与えられた閾値を基準として連続波形の入力をステツプ波形の出力に変換する機能を有し、跳躍回路(例えばトンネルダイオードを利用したもの)もこのような機能を具えることが本願出願当時周知であつたことは原告の自認するところであり、トンネルダイオード等をスケルチ回路に利用するときは、前記のように規定された接続時間が結果的に一〇〇μs以下の値を満足するであろうことは当業者の容易に推測しうるところであつたことも原告の争わないところである。してみれば、右に示した各周知事項を念頭に置けば、引用例の記載事項から、本願発明が引用例との相違点(4)のような接続時間を実現するための接続装置の構造として、スケルチ回路に跳躍回路を組み入れ、右跳躍回路によつて信号レベルを基準として間接に制限される少なくとも一個のトンネルダイオード等の電子接続素子を有するという同相違点(3)のような構成をとることはこれもまた当業者が容易に想到しうるところであるといわざるをえない。

原告は本願発明の引用例と相違する(3)及び(4)の構成をもつて引用例から想到しうるものではないとし、その根拠として、伝送区間における熱雑音を抑制するには、許容しがたいほど小さい値に低下した信号レベルに対する補助発振器による補充を自動利得調整装置が動作するに先立つて行わなければならないという新しい認識が本願発明の右構成の基礎をなしているが、引用例のスケルチ回路が補助発振器への接続に数ミリ秒を要する電磁式リレーを用いていることからみて、その構成の基礎に接続時間を早めようとする意図を窺うことができない旨を主張し、成立に争いのない甲第二号証(本願発明の明細書及び図面)によれば、本願発明が原告主張のような認識を基礎としたものであることが認められるが、前示のような周知事項に照らせば、本願出願当時、本願発明の右のような認識は何ら新しい知見というに当らず、一方また、成立に争いのない甲第三号証、乙第一号証の一ないし四によつても、引用例のスケルチ回路が電磁式リレーを用いるものであると断定することができないのみならず、かえつて、成立に争いのない乙第八号証及び引用例に記載された装置の構造から考えて無線中継におけるスケルチ動作が早いほど雑音抑制効果が大きいことが原理的には認識されていたことを推認することができるから、原告の主張はすべて根拠を失うことになる。

以上の次第で、本件審決には原告主張の違法な取消事由がないというほかはない。

三よつて、これが違法であるとして、その取消を求める原告の本訴請求を理由がないとして棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第八十九条の規定を適用して、主文のとおり判決する。

(駒田駿太郎 中川哲男 秋吉稔弘)

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